中卒先生の神(自分)のお言葉(寝言)












2017年11月


 月に一回更新しているこの「中卒先生の自分の寝言」。俺は文章を書いているが、死ね死
ね団の他の二人も月に一回更新して、工作みたいなことをやったり、バカの一つ覚えみた
いに毎回のように死ね死ね団の代紋を入れたり、(村の)自宅の裏の森で安い被りものをし
て、「よくそんなつまらないことを思いついたな」という茶番を演じたりしている。ごくた
まに面白い場合もあるが、それは全て俺が(猿に)知恵をつけた時だ。基本的にはつまらな
い場所で、つまらないことをする。文章もつまらない。
 一応、新しい月の一日に更新することになっていて、メンバー自ら更新したり、このホ
ームページを作っているわけではないので、前の月に締め切りがある。ケムール星人と星
プーマの二人にはな。俺にはない。この違いはなんだ? 俺はこれに限らず、物事をギリ
ギリでやったりするのが大嫌い。ギリギリでやるとあせって、うまくゆくものもうまくゆ
かず、大概ロクなことにならないと考える。俺は何事も先手先手で確実に、かつクオリテ
ィーの高い、高レベルなことをやりたいので、まず自分を追いつめず、余裕を持つように
する。必ず余裕を持たせる。だから俺には締め切りなんてものは必要ないんだ。現に今回
の「中卒先生の自分の寝言」の十一月一日更新のこの文章は、本日七月十八日に書いてい
る。
 逆にケムール星人と星プーマは、後手後手でね。やること自体が遅いのはしょうがない
と思うのね、俺は。それは人それぞれだから。“ゆっくりと確実にやる”というという人も
いるからね。でもね、二人は始めることが遅いんだ。とりかかるのが遅い。ギリギリでと
りかかる。先にやっておくという発想がないんだ。十年かかっても先にやっておけばいい、
と思いつかない。遅いことが理由で良くない結果になる、と。そういうことだ。だからね、
二人は締め切りが必要なわけ。締め切り日を決めないと(決めても遅れたり、更新されなか
ったことも過去にあるが)、とてもじゃないけど毎月の一日に更新することなんてできない
んだ。
 三人とも締め切りがあるのならいいよ。でも、なぜ俺にはなくて二人にはあるわけ? 俺
にはないから、締め切りが何日だなんて俺はそもそも知らないしね。俺がそんなもんに括
られてたまるかっていうの。俺は俺以上でも俺以下でもなく、世の中のいろいろなものに
括られたくないから、俺はカタギではなく死ね死ね団をやっているんだから。そんなもん
に括られるくらいなら死ね死ね団なんてやっていないよ。
 “自分が先行してやればいいだけのこと”に締め切りがあるなんてカッコ悪いだろ。そ
う思わない? ダサイよね。もし俺が二人の立場だったら恥ずかしいよ。ものすごい屈辱
だね。生きていられない。俺の美学に反するもん。
 自主性のない人間、誰かに指示されないと動けない人間、人に何かを決めてもらわない
とできない人間、部下を一人も持てない人間というのが世の中にはいてもいいと思うよ。
バンドをやっていてもいいとも思う。でもね、良いとか悪いとかじゃなくて、それって面
白いかね? 楽しいの? 「自分はそういう器」というだけで済ませちゃうわけ? 生き
ているのなら、自分が好きなことやるのなら面白い方がいいだろ? どうせやるのなら楽
しむべきだろ? 
 なんか二人が楽しんでやっているとは思えないんだよね。“やると決まっているから、毎
月締め切りに追われて、しょうがないからやっている”という感じがするのね。やるなら
徹底的にやる、やらないのなら一切やらない。100か0でいいんだ。これが俺の考え。
 そもそも、ずっと前から、死ね死ね団のホームページができた時から、俺一人だけは今
と同じようにこのホームページで文章を書いていたんだけど、他の二人はなにもやってい
なかったのね。でね、現在のホームページの管理人になったときに、管理人から「三人共、
他の二人も何かをやるコーナーを持って、毎月更新した方がいい。三人でやっているバン
ドなんだから」みたいなことを言われたのね。まあ、俺もおっしゃる通りですと思ったし、
言われる以前から考えていたことだしね。それでケムール星人と星プーマに聞いてみたら
「やる」と言う。で、始めたわけ。
 ただね、その当時に管理人も言っていたし、俺もそう思っていたことなんだけど、「はた
してあの二人に人を面白がらせること、楽しませることができるだろうか?」、「メールで
さえ誤字脱字だらけ、国語力ゼロのあの二人にちょっとした文章が書けるだろうか?」っ
てね。まあ、知っての通り、このザマよ。
 それでね。ケムール星人はリクエストに応えて「どこかに行く」「何かをやる」、星プー
マは「何かを作る」という内容に決まったんだ。別にそれが得意というわけではない。俺
がやれば、俺の方が面白いところへ行って面白いことをやるだろうし、物を作れば、発想
がまるで違うから俺の方が面白い物を作るだろうし、だいたい俺の方が器用だから断然出
来もいいと思うよ。
 採用者にあげるステッカーまでわざわざ作ったのに、ケムール星人に対してリクエスト
なんてまるで来ないしね。来るわけがないよ。ケムール星人がつまらない人間だってみん
な知っているしね。たとえリクエストなんかしても、間違いなくつまらない展開に持って
ゆき、何の面白味もない毒にも薬にもならない文章を書くことをわかりきっているみたい
だからね。
 ケムール星人はリクエストもないのに毎回、勝手にどこかに行って勝手に何かをやって
いる。バットを口にくわえて木から逆さにぶらさがったり、白ブリーフにサスペンダー姿
でサイクリングをしている写真を奥さんに撮らせたりしている。シブがき隊の歌詞みたい
に「ジーンズのまま海に飛び込み、浮かび上がってくると脱げて全裸になっている」、「海
パン姿で川に飛び込み、川から浮かんでくるとスーツ姿でネクタイまでしている」、「仰向
けになりバットを口にくわえた顔だけが川の水面に出ている」、「深夜、バットを口にくわ
えて木から逆さにぶらさがり、バットマン現わる!」等、ケムール星人が過去にやったこ
れらの名作は、俺が知恵をつけたものなのね。モンキーには思いつかないよ。だって、ケ
ムール星人は“感性の貧乏人”だもん。
 曲やギターのフレーズなどの音楽に関することはもちろん、ケムール星人からは何も生
まれないんだ。何も浮かばないし、何も湧き出て来ないんだ。だって生まれてからずっと
そういう生き方をしてきているんだもん。目に入るものを見逃して、耳に入るものを聞き
逃して・・・。
 もっとはっきり言うと、感性どころか心がないんだな、ケムール星人には。喜怒哀楽の
感情がない。廃人。怒りもしなければ、ライブでギターをミスしても悔しがりもしない。
子供みたいに痛い時に泣くだけで、泣きもしない。感激しない。笑うのは気持ちが悪い薄
ら笑いをする時と媚びて笑う時のみ。能面野郎。「おまえはすでに死んでいる!」という台
詞はケムール星人に対してこそ相応しい。
 ケムール星人が書く文章を読めばわかると思うけど、「ここに灰皿がある」「その横には
煙草とライターがある」みたいなただの説明文ばかりなんだよな。ただ事実をそのまんま
書いているだけで、読んでいる人には面白くも何ともない。読みたくもない。自分の主義
主張がまるでないの。そこに自分はいないの。ただ事実だけで。「それで俺はこう思った」
とか「〜といえば俺は昔」とか、そういう展開にはならないんだな。
 まあ実際、ケムール星人は普段、私生活でも毎日“ただ息をしている”というだけで、
別に何も思わないし、何も感じないんだよね。自分が観たドラマや映画、景色からも何も
感じ取らないし、聴いた音楽や人が言った言葉からも何も感じ取れない。「観た」「聴いた」
「誰かが何かを言った」という事実が残るだけ。心がないから。心で感じることができな
いから、何をやっても影響も感化もされないし、当然感激もしない。感激することもでき
ない人間がステージに立って、人様を感激させようっていうんだから笑っちゃうよな。
 心といえば、ケムール星人はテレビなどの「学園もの」や「青春もの」、「人間ドラマ」
の類いが嫌いなんだよなぁ。まず観ないね。心があるものは理解できないし、関心がない
からつまらないらしい。逆に俺は「学園もの」「青春もの」といった一般的に青くさいと言
われるドラマが大好きでね、ほとんど観ていたね。今でも昔のそういうドラマを観て、ボ
ロボロ涙を流しているもん。泣いてんの、俺。今これを読んでいるキミと俺の、二人だけ
の秘密だからな。誰にも言うなよ。
 俺は「人間ドラマ」も大好きでね。そういったドラマで見て取れる“人の心”に心揺さ
ぶられるんだな。
 それにしてもケムール星人は、俺と同じように学園ものや青春もののドラマが全盛の時
代に生きてきたっていうのに、子供の頃からまるで観ていないんだよ。一つも観ていない
んだって。ケムール星人は「三年B組金八先生」を一度も観たことがないんだよ。そんな
奴いないだろ、この年代で。犯罪だぞ。捕まるって。ロボ武田鉄也、ケムール星人にメガ
トンパンチだ! その時代に少年刑務所に入っていたり、植物人間だったわけじゃあるま
いし、いったい何をやっていたんだろうね? 本人が言うには、戦車のプラモデルを作っ
ていたらしい。戦車のプラモデルに恋していたんだな。学生時代は女性にも興味がなかっ
たと言っていた。気持ち悪い男なんだよ。不健全だよな。女の子のオッパイを揉むことも
考えずになにが青春か!? 十代の男の子が考えることなんてそんなもんだろうが。シブが
き隊の歌の歌詞が、まるでバカみたいに聴こえるじゃないか。
 そんなわけで、じつはケムール星人は心がない人間、人の心もわからない人間、血が通
わない人間なんだな。俺が最も嫌いなタイプの人間だ。俺は最も嫌いな人間と一緒にバン
ドをやっているんだな。俺ね、奴が先に死んだらね、奴の墓をハンマーでぶっ壊すんだ。
建て直す度に何度でもぶっ壊してやる。諦めるまでくり返し壊し続ける。ケムール星人の親族よ、どっちが根気強いか勝負しろ! 
 さあ、もう一人は星プーマなんだけど、星プーマはね、簡単に言えば無知な田舎者。顔
は整っているんだけどね。残念なイケメン。ライブとリハーサル以外は基本的に都内に出
ないしね。バンドの用がないとカッペランド(埼玉)に籠っている。外食でも何でもカッペ
ランドの中を車でグルグル回っているんだ。
 星プーマが付き合ったり、結婚したりする女性って必ずカッペリーナ(田舎者)なんだよ
な。埼玉の奥の方や、ご苦労なことにもっと奥の他県の女性と付き合ったりするの。とに
かく都心の方に目は向かず、奥へ奥へと突き進む。なぜに田舎にしか目が向かない?
 まるっきりのバカではないんだけれどね、「自分は田舎者のままでいい」「自分はバカの
ままで構わない」、と成長することを自ら拒否しているんだな。諦めているの。現状維持と
いうか、上昇志向がないんだよ。新聞はもちろん、本も雑誌も読まないし、パソコンもオ
ブジェみたいなものだし、とにかく活字が嫌いなのね。国語力はケムール星人より劣るね。
誤字脱字が多いし、主語がないし、日本語が苦手なんだ。星プーマが書く文章なんて目も
当てられない。「起きたよ」「俺は肩が痛いよ」「寝たよ」みたいな文章だもんなぁ。映画は
凡人が観る大ヒット映画を好むしね。
 自分が優位に立つため、バカにされないために、選んで敢えて自分より頭が悪い友を持
ち、自分より頭が悪い自分より田舎者の女性としか付き合わない。自分が優位に立つため
に。それじゃ相手から何も吸収しようがないじゃない。だから成長しない。ものを知らな
いから相手が自分よりアホじゃない場合は、バカにされないためにおのずと無口になるし
ね。無口なのは無知隠しなんだ。でね、自分よりアホなんじゃないかと思う人間と一対一
になるとわりと饒舌になるのね。見ているとよくわかる。
 とにかく、星プーマには発想というものがないんだ。何も思いつかない、あみ出せない
頭とも思えないんだけどなぁ。無知過ぎて発想の元となる下地、ネタがまるでないんだろ
うね。ものを知っていれば何かしら繋がるのに。惜しいよなぁ。思いつく自分に成長すれ
ば、顔だけじゃない“ホントのイケメン”になれるのに。
 何の発想もないから、毎回のように何かに死ね死ね団の代紋を入れて、その写真や行程
をアップしていたわけだろ。一度だけならまだしも何度もくり返してやっている。疑問も
持たずにひたすら同じことをやっている。ある時、俺が見るに見かねて、「それは自分は頭
の悪いつまらない人間だと言っているようなものだぞ。元から俺が考えてデザインした死
ね死ね団の代紋じゃなく、それがやりたいのなら『星プーママーク』というのでも考えて、
それを入れたらどうよ」って言ったんだよね。一度やろうとしたみたいだけど、デザイン
がまずうまくいかなくてそれっきり。それ以降はまた代紋を入れ始めた。代紋が止まらな
い! 誰か代紋を止めてよ! 
 とにかく、星プーマもケムール星人もアップしたその画像、自分が書いたその文章を人
が見ているという意識、その見ている人を楽しませるという意識がまるでないんだよなぁ。
「やりがいがない」と管理人がずっとぼやいているぞ。
 俺は俺一人のワンマンが嫌なのでバンドという形でやっている。メンバーそれぞれに得
意な分野があって、それを出し合って音楽でも何でも作り上げてゆく。いいね。そういう
ことがやりたいんだ、ホントは。でも、死ね死ね団は実際俺のワンマンバンドだよね。
 星プーマはベースを弾いているだけ。ライブとスタジオリハに来るだけで、個人的にベ
ースを練習する以外は何もやっていない。これが星プーマのバンド活動。
 ケムール星人は知っての通り、ギターが弾けない。曲も作れない。ギターソロも作れな
い。ライブのブッキングをやっているだけ。別にケムール星人個人が持つ人脈でブッキン
グをやっているわけじゃない。事務的な話しかしない人間味のないケムール星人に、個人
的に興味を持つミュージシャンはいない。ただの連絡係。交渉なんてできない。決定も決
断もできない。ガキの使い。御用聞き。これがケムール星人のバンド活動。
 さて、俺はといえば、作詞・作曲し、アレンジをし、ギターが弾けないのにギターソロ
までなぜか作る。全て鼻歌だ。考えたドラムパターン、オカズも鼻ドラムでメンバーに伝
える。ギターソロは鼻ギターだ。ライブのセットリストを決め、ライブの構成、演出を決
め、自分のはもちろん、メンバーのMC、台詞まで考えて決める。フライヤーやライブの
度に配布する「おたふく会報」を考え、作る。ロフトの入口の階段に貼るポップも作る。
ライブの転換中に流す映像を探し、選んで用意するのも毎回俺。年賀状の写真を選んで、
文句を考えるのも俺。死ね死ね団のロゴや代紋を考え、手書きで描いたのも俺。全て俺一
人でやっている。
 才能が必要なことは全て俺がやる。俺しかできない。発想や感性、知識が必要なことも
俺がやる。決断も俺がする。別に俺一人でやりたいわけじゃない。できるものなら何かや
って欲しい。でも、他の二人にはできないんだな。無理だと最初から諦めて、やろうとい
う発想すらない。「どうせ中卒さんが必ずなんとかしてくれる」、そう思っているんじゃな
いのかな。
 転換中の映像を用意するくらいのことなら、二人でもできそうなことだと思うでしょ? 
これができないんだな。まず、無知だから面白いものを知らない。知らないから探しよう
がない。たとえ探して何かを見つけても、過去に自分が観たものでも、その映像自体が面
白いか面白くないかを判断する感性がない。星プーマはたぶんDVDなんて一枚も持って
いないんじゃないのかな。
 映像に限らず、二人共面白いところへ行って遊ぼうとか、おいしい店へ行って食べよう
とか、そういう探究心がないんだな。近所のそこで遊んで、最寄りのあそこの店で食べる。
生まれたからただ生きているに近い。
 そんなわけで、死ね死ね団の実態は「中卒&シロートズ」ということだ。まあ、この違
いがプロフェッショナルとド素人の差なんだろうね。プロと素人が同じステージに立つバ
ンド・死ね死ね団。






中卒