中卒先生の神(自分)のお言葉(寝言)










2018年1月


 ブル、ブル、ブル、ブル、ブルマ〜♪ ブル、ブル、ブル、ブル、ブルマ〜♪ 爆発♪
爆発♪ 大爆発だぁ〜♪ ダダッダ♪
 さあ、新年だ。新しい年の幕開けに相応しく今回は「ブルマ」について書く。そう、昭
和の女子が学校の体育の授業などで穿いていたあのブルマだ。赤ブルマ、青ブルマ、黄ブ
ルマ。
 ブルマの語源は、19世紀のアメリカ人で女性解放運動家だったアメリア・ジェンクス・
ブルマだ。死ね死ね団にも「星ブルマ」という名のメンバーがいるが、決して星ブルマが
ブルマの語源なわけではない。まあ、サンドウィッチを創案したサンドウィッチ伯爵四世
みたいなもんだな。
 アメリア・ジェンクス・ブルマは、女性でも動きやすい服装として、スカートをズボン
状にして足元で止めるファッションを考案する。それがブルマと呼ばれることになったそ
うだ。「ブルマ復活」、「太腿鑑賞の無償化」を政策とする立憲民主党の枝野幸男が政見放送
で言っていた。
 とはいっても日本には、作業や運動用にもんぺがあったからね。わざわざブルマなんて
ものを穿く必然性はなく、まるで普及しなかったんだって。それにその時代、日本人はま
だ言葉が話せなかったしね。「ウッホッ」とか「ゴッホッ」とか互いに言い合って意思の疎
通を計っていたらしいからね。
 そのブルマが日本に登場したのが1900年前後のフェリス女子校。文部省の女性官僚だ
った井口あぐりが、ヨーロッパ留学で見聞したブルマに衝撃を受け、泡を吹きながら失禁
し、やたらと気に入ってね。セーラー服&ブルマの組み合わせを着せた女子生徒、いや、
女学生たちに運動させることを企てたんだとさ。
 「セーラー服&ブルマの組み合わせ」だとぉ? これって、そのまんま「ブルセラ」じ
ゃねえか? なんだよ、ブルセラというのは文部省が発端だったわけ? 
 とにかく、日本でも大正から昭和にかけてブルマは普及していったんだって。しゅぱ〜、
しゅぱしゅぱしゅぱ〜♪ 唸るエン〜ジン♪ でも、当時のブルマはピタッとしたもので
はなく、もしくはズビッとしたものでもなく、ましてやズバッとしたものでもなく、ダボ
ッとした生地を膝上で縛るいわゆる「ちょうちんブルマ」と呼ばれるもの。あれはブザマ
だよなぁ。カッコ良さの欠片もない。緑のペテン師・小池百合子くらいしか似合う人いな
いんじゃないの?
 1970年代になると、化学繊維の発展によりピタッとした布地のブルマが華々しく登場
し、急速に普及。蝶のように舞い、蜂のように刺すブルマ。えっ? ブルマごときが何を
刺すのかって? きさまの鼻の頭をだよ!
 ピタッとしたブルマは、別名「アスリートブルマ」「スポーツブルマ」「ストリートブリ
ーフエンジェル」と呼ばれ、従来のみっともないちょうちんブルマよりも高い運動性があ
り、スポーツ選手の間で広がってゆく。スタイリッシュ・ブルマウェーブ。その象徴とな
ったのが女子バレーだった。
 なんといっても、ブルマの素材を作っているのが「東洋の魔女」と呼ばれた日紡を筆頭
に、東レ、カネボウ等の女子バレーの名門クラブを抱える紡績会社なんだから、当然とい
えば当然のことだ。ブルマ〜、ブルマ〜、シュシュッシュッ♪ 風よりはや〜い♪
 それが学校体育の運動着として採用されたのは、また別の“大人の悪だくみ”があった。
 アメリカにコテンパンにやられたチンケな島国・日本は戦後、目ざましい経済発展を続
けていた。男は外で働き、女は家庭を守る。モーレツ社員を育成するには、一方で家庭的
な女性も育成しなければならない。
 女性をより女性らしくするには、幼児期から徹底的に刷り込む必要がある。
 今は違うかもしれないが、昭和の小学生は今と食べるものが違って発育が遅いため、外
見では男女の性差がほとんどない。女の子の胸なんかペチャンコだし、男の子のチンチン
なんて鼻の位置に付いていた。男女同じ服を着させた場合、人間かチンパンジーかの区別
さえつかなかった。そこでピタッと身体のラインを強調するブルマは、女子児童本人を「女
の子」だと意識させるにはピッタリのアイテムだった。女を押し出す生々しい衣装。女性
を強調し、身体のラインを見せるのが真の目的のエロ衣装。文部省のエロティックおやじ
の強い後押しもあり、「高い運動性」を建前にして、ブルマは小学校のみならず、中学校、
高校、プロ野球選手、総理大臣の勝負服にまで瞬く間に広がってゆくのである。
 ブルマの快進撃は止まらない! ブルマよ、いずこへ? 地球をブルマで埋め尽くすの
だ!
 確かに俺が小・中学生の頃、学校の女子の体育着といえばブルマだった。それに対して
当時、俺はなんとも思わなかったが、今考えてみると、女の子が若い身空でなぜ人前で太
腿、いや、モモトフをあらわにしなければならないのか? それもあんな付け根まで晒さ
なければならなかったのか? なんという屈辱。
 ブルマ姿を男性教師はもちろん、勃起ざかりの男子生徒もいやらしい目で見ている。俺
は当時、盲目だったので見えない(いずれ宗教を立ち上げる)。太腿好きの俺の父も学校の
校庭のフェンス越しに、新田恵理から借りた冬のオペラグラスを使って見ている。
 男性教師も同じようにブルマ姿ならまだ納得もいくが、とにかく、女生徒は本人の意思
や体型に関係なく、問答無用であの格好を強要されていた。お尻が大きい、脚が太くて露
出したくない等、女生徒があんな姿を晒したくない理由なんていくらでもあるよね。そも
そも学校での強要がなければ、あんな格好をする機会って生きていて一度もないんじゃな
いの? ないよな。
 日本全国の学校が総がかりで、当時でいう文部省がグルになって女生徒に対してセクハ
ラをしていたようなもんだぞ。女子の体育の格好はブルマ、と誰が、どんなエロオヤジ思
いついたのだろうか? よく思いついたよ。あの格好をして人前で身体を動かせ、なんて
ね。神をも畏れぬド変態。今ならたいへんな問題だ。だって下半身が水着、もしくは下着
姿で体育をやっているようなものだぞ。下着と変わらないよ。どこまで辱めれば気が済む
んだ。
 さて、時は流れて90年代半ば。ブルマ拝見、いや、ブルマ排斥の声が女子高生からあが
り、「おたふく会報」などの大手新聞も同調、「ブルマ廃止」のキャンペーンが展開され、
2000年、遂にブルマは学校から消えたのだ。ブルマ普及からちょうど100年目のことで
あった。
 これにて一件落着!






中卒